【ひねもすこ】VOL.① 「女性の存在証明」を掲げるアーティストの半生から見えたヌードに込められたメッセージ

ひねもすこさん。彼女は、女性のヌードを描くアーティスト。彼女とは、ある朗読劇ワークショップで初めて出会った。思えば、初対面のときから周囲とは異なる独特の空気感をまとう女性だった。


ー 可愛らしい笑顔とは別に、彼女からはどこか暗い陰のようなものを感じる。それは一見ネガティブなようでいて、だからこそ魅せられる世界観が確かにあるのだ。彼女の、その独特な影ある魅力に惹きつけられたのだった。 


そして今回、再びご縁がつながり、彼女のこれまでの歩みや作品に込められた想いを聞くことができた。あのとき確かに感じた「魅力」の正体を感じられたらと思う。 


彼女が自身の人生の中心に「女性のヌード」を据え、それを描き続ける原点とは何なのか?ヌードを通して彼女が表現し、伝えたいものとは? アーティストとしての彼女が生み出す世界に存分に浸っていただきたい。 

 (取材/はぎのあきこ)


「胸が小さい」コンプレックスから申し訳なさを感じてきた 


ーもすこさんがヌードを描き始めたきっかけや経緯を教えてください。


もともと自分の体にすごくコンプレックスがあったんです。特に胸が小さいのがすごくコンプレックスでした。中学生くらいから、周りのみんなが胸が膨らみ始めて、スポーツブラをつけ始めますよね。 そうしたら、「どうも私の胸は膨らまないらしい」という恥ずかしさを感じ始めました。彼氏ができた時には、「粗品ですが、すいません」と何とも言えない申し訳なさを感じたりもして。 



ーそれだけ、胸の大きさを気にしていた。 


はい。女性として不完全だと思っていました。17歳から今の旦那さんとお付き合いして今に至りますが、彼はもう少しふっくらした女性が好みなんです。それで、余計に申し訳なさを感じていました。 初任給で豊胸手術をするくらい気にしていました。シリコンではなくて、脂肪を入れるものだったので、今は吸収されているのですが・・・。


でも、当時はとにかくお金が入ったら「豊胸してやる!」くらいの気持ちでしたね。 そんな風に、自分の体へのコンプレックスがあったからこそ、美大時代からヌードをよく描いていました。



ー学生時代からヌードを描かれていたのですね。


そうなんです。でも、わたしが描いていたのは、いわゆるグラビアアイドルみたいな体型の女性ではなくて、私にどこか似ている幼児体系の女性だったり、ちょっとぽっちゃりしている女性でした。 学生時代は、誰かの特定の実在の人を描いていたわけではなくて、自分の作品のモチーフとして女性の想像上の体を描いていました。 



世の中の正解への反抗心から型にはまらない美しさをヌードで描く


ー自分の裸にコンプレックスを感じていたもすこさんが、あえてヌードを描いたのはなぜなのか?当時の気持ちについて、もう少し教えてください。 


中高生時代、地元の女友達から度々「ペチャパイ」と言われていました。周りにそういうノリの子が多くて、みんなの前でいじられるのがすごく嫌でした。余計にコンプレックスが強くなって。 でも、そんな環境だったからこそ「このモヤモヤを言葉にはできないけど、絵なら描ける」と、ちょっとした反抗心みたいなのがあったような気がします。



ー「絵だったら描ける」というのは、自分の主張を描いているような感覚なのでしょうか? 


はい。多数のメディアが「いい女」とする女性の体は、やっぱりグラビアに載っているようなスタイルの良さ、商品となる「いい女」なんです。「これが美しいんですよ」と世の中に「美の正解」がある感じがしていました。 それに対して、わたしの中には「女の体って、それだけじゃないんだぜ!」という、ちょっとした反抗心があったんですね。


その反抗心からヌードを描いて作品を作ってたような気がします。 



ー「それだけじゃない」とは、どんな意味ですか?


内面の美もそうですし、「こんな女の子も可愛いよね」と型にはまらない外見の美しさを訴えたかったんです。だから、世間が良しとする型通りのスタイルの良い女の子は、あまり描いていなかった。 描くのは専ら、ぽちゃっとしていて、しかも胸が小さい女性でした。


「ラインが綺麗で美しいな」と思って。これは、私なりの反抗心でしたね。「ボン・キュッ・ボン」じゃなくて、「キュッ・ボン・ボン」。 



ーなるほど。反抗心からなのですね。学生時代から今に至るまでの過程で、作風や想いの変化はありましたか?


現在は「実在の方を描いている」ということが一番大きな変化だと思います。一方で、雑誌やテレビが男性向けに商品として出しているヌードに対する反抗心は変わっていないですね。 



ー今現在は、実在しているモデルを描いている、と。 


はい。実在するいろいろな体型、年齢の女性たちを描いています。でも、ヌードを描くだけでは足りないと感じ、今は、その人がどういう人生を歩んできて、どんな夢があるとか、そういうパーソナルな内面も一緒に描くことで、「その女性の中身も見てほしい」というメッセージを込めています。 

「違うからこそ、世界はカラフルで美しい」女性たちの存在証明をしたい


ーコンプレックスを今はどう感じているのでしょうか?


コンプレックスは完全には消えていませんが、昔ほど強くはなくなりました。若い頃、私は巨乳で色気のある体の女性を敵視していましたが、今ではそうした女性がお客様として来てくださってお話を伺う機会もあります。若い頃とは違い、すごくフラットな気持ちで描いている自分がいました。


話を聞いてみると、ある女性は「色気が出て止まらない」という思ってもみない悩みを抱えていました。男性たちが体目当てで近寄ってくる人が多いのだと。だから、本当に自分のことが好きなのかが全然分からないとか、痴漢にやたら遭遇するとか、少し男性と話しているだけで他の女性からすごく嫌われるとか。 


だから、必死に自分の色気を抑えてきたというお話を聞いて、ふとこう思ったんです。「中身も見て!」——若い頃の自分に、そう伝えたいなって。 それに、そういう悩みって、なかなか相談もできないでしょう。だから、改めて、「女性の体は男性の何かを見い出すためのものだけじゃない。世間の型だけが正解じゃない。」と女性にも、男性にも言いたいなって。 



ー想いは一貫しておられるように感じます。


そうですね。私のように体に自信がない人も、逆に色気が溢れて止まらないという人も、一緒なんです。だからこそ、私は伝えたい。「私たちそれぞれが違うからこそ、世界はカラフルで美しい」と。私たちの「存在証明」をしたいんです。 



ーなるほど。その「存在証明」というのは、誰に対しての存在証明ですか?


私は、自分の外見や内面に価値を感じられなくて悩んでいる女性を勇気づけたいと思っています。だから先ほどお話したように、それぞれ違いがあるカラフルな女性たちをたくさん見ていただきたい。 そして、《じゃあ自分ってどんな存在なのか?》と自分に聞いてみて、大らかに受け入れてほしいなって。


「この人の体型は私に似てるな」とか、「こんな人生もあるんだな」とか、いろんな女性の心と体のヌードを見ることで、自分という存在の輪郭が少しはっきりしていくでしょう。 そうしたら、もっと自分を好きになれるんじゃないかと思うんです。そんな意味での「存在証明」。 



ー自分自身に対して、自分を証明するような感覚でしょうか?


そうですね。モデルになってくださる方には、《自分をありのまま受け入れるきっかけ》になればと思っています。そして、社会に対しても「違っていい」というメッセージを発信して、《女性という存在の証明》をしていきたい。 モデルさん一人ひとりの存在にリスペクトの光を当て、「みんなで一緒に社会に向けて発信していきたい」という想いで今の活動しています。 

亭主関白の父。「男性に受け入れられない」という信念と「可愛がられたい」という枯渇した願望


ーもすこさんは、なぜそんな風に自分の体や男性に対してコンプレックスを感じるようになったのでしょうか。


最近ある方とお話していて気づいたことがあります。なんかね、私の中には、父親像があるんです。父は、典型的な昭和の親父のような存在でした。亭主関白で、家族の中で一番偉そうにしていた印象があります。今では少し変わりましたが、かつては母に優しく接する姿をあまり見たことがありませんでした。 私に対しても「可愛い」と言ったり、優しく接してくれた記憶もほとんどありません。


反抗したらパーンと叩かれたり、暗い倉庫に閉じ込められたりしましたね。そんな環境で育った私は、もしかしたら「男性に受け入れられない」という信念が根本にあるのかもしれないと思ったんです。



ー「男性に受け入れてもらえない」ですか。 


ずっと私は「胸が小さいから、男性に受け入れられない」と思っていました。でも、それは後付けであって、言い訳に過ぎないのではないかと思うようになりました。実際は、男性の好みもそれぞれだということを頭では分かっているんですよね。 それでも、男性に対して奥手になってしまうのは、「私はどうせ男性には気に入られない」と思っているからなんです。


でも、逆に言えば「むちゃくちゃ男性に可愛がられたい」とも思っていて、枯渇しているんです。 それに気づいた時に、わーっと涙が出てきました。私は男性に受け入れてほしいからこそ、叶わないのが怖くて近づかない選択をしていた。拒否されたくなかったんです。 



 ーご自身と向き合われたのですね。


17歳で旦那さんに出会い、その時は満たされたと思います。でも、それは数年しか続かず、結婚して子どもができると、私たちの関係は大きく変わりました。可愛がってくれるどころか、むしろ当たりが強くなりました。 私の中に「男性に可愛がられたい女の子」がいるんです。その女の子に活動を通して「私はこのままでいいんだよ」と言ってあげたい。 


というのも、元々私はクリエイティブなことが好きで、外に向けて積極的に活動する子だったんですね。でも、旦那さんと付き合い始めて、可愛がられるために「もう少し可愛く、おとなしくしなきゃいけないんじゃないか」と思って小さくしてしまったから。 



ー旦那さんはもすこさんの活動のことをご存知なのですか? 


知らないことはないですが、直接そういう話をすることはほとんどないですね。私はNUiDEの活動とは別に、デザインやイラストの仕事もしているのですが、それが彼の中ではすごく気に入らないようで。 私の仕事は家事なんだから、家事を真面目にしておけばいいと言われました。それから、言えば否定されると思うようになり、自分からは言わないようにしてきました。 



ー女性のヌードを描く活動は、もすこさんご自身に対しての存在証明でもあるのですね。


はい。今まで自分を可愛がってあげられなかったから、今「好きなことしてもいいんだよ」と自分に伝えています。そういう自分でいたい。 それに、この先もしかしたら、こんな自分を受け入れてくれる男性がいるかもしれない。それが旦那さんかもしれないし、違うかもしれない(笑)。


ー受け入れてもらいたいのは、やはり男性なのですか?


はい、そうですね。女性に対しては、ありのままの自分に誇りを持ってほしいと思っています。 



Memento Mori

Memento Mori は、「わたしたちはどう生きたいのか、どう死にたいのか」十人十色の「自分」という存在の美しさ、「いのち」がある今の喜びを探求し表現するための情報をお届けするメディアです。 自分とまわりの環境とのつながりの中で、安寧を感じ幸福な状態を指すスピリチュアル・ウェルビーイング思想を基軸として、答えのない問いから一人ひとり違う生き方を見つめるヒントをお届けします。