仕事だけではない、家庭のマネジメント視点

全体のなかで自分をどのポジションに置くかを
自分から離れて観ることは大切です。
他人から見てではなく、
自分を自分から観たときの
観察眼としての視点。

全体というのは、家庭の中であっても
職場であっても
地域であっても
日本であっても
もっと広域であってもよくて
意識の捉え方次第でに変化するものです。

ポジションを考えるときは、
まず自分が何を求めているのか
(欲しているのか)、
自分好みを知るのが前提です。

また、自分ができることとやりたいことも
私は分けて考えるとすっきりしてきます。
あくまで今の私の場合。

その境界は曖昧になっていくだろうと
思っているけれど、
今は分ける方がよいのです。


人によっては
やりたいことに忠実になることで、
できることにつながるのもよい。

できることから始めて、こうしたい
こうなりたい、とやりたいことに
つながるのもよい。

また、途中でやめては気づいていくのもよい。
できることをしながら、
一方でやりたいことを
別でやっていく方法もあるのです。

どこかのすごい人が
やりたいことをやっていくのが
自分を生きることだ
と言っていて、
それしかないと選択肢を狭めるのは
本来の自分がやりたいことなのかを
問うのです。

その人が言っていることは、
その人の世界のなかの正解なので
皆がそうすればよいというわけでは
ないからです。


何にしても

何のためにするのか
なぜそうしているのか
自分の意図を自分で感じ観ることです。



例えば
夫とうまくいかない、
という方がいるとします。
家事も何もかも自分だけがやっていて
話も聞いてくれない。

じゃあ、別れるか一緒にいるかなのです。

そうは言っても、難しいでしょ。
となると、何だかんだ言って
一緒にいるを自分は選択しています。

自分はそれを意図して選択しているのだと
自分事に思えるかどうか、だけです。

一緒にいると決めたなら
一緒にいる前提で
心地よく居られるようにするには?
を、考えていくだけなのです。

以前私は、意識の中で家族の中から
夫を除外していました。
それまであった悲惨なことを
すべて夫の責任として、
家族の悪い雰囲気は
おまえが招いたんだから責任とれ
と思っていました。

だから、
自分を正しく見せるために必死でした。
どこの隙間にも
夫を入らせまいとしていました。
こんなに私は家族のために
苦労してやっていて、
夫は何もしないという構図を作るためです。
その過程では、
自分の責任だと責めることもありました。

分かるでしょうか?

これは、
別れたいのに子どもがいるから
別れられない、とか
私が我慢すればいいんでしょ、とか
私が頑張っているから
家族が成り立ってる、とか
私が何とかしなきゃ夫は何もやらない、とか
という〈決めること〉からの逃げなのです。

一緒にいるも別れるも決めていない。

決められないことが悪いのではなく
逃げていればいつまでも
その渦のなかにいることになるんです。

子どものために(結局は自分のために)
一緒にいることで家族を守ると決めたら、
一緒にいることを前提で
自分を含めた夫と子どもとの家庭を
どうしたらみんなが心地よく居られるかを
本気で意識することが
守ることであり、目的なんです。

自分を正しく見せることが
目的ではありません。

そりゃあ、エネルギーが必要です。
逃げている自分に真っ向から向き合うので。
最初は仕事もやるなんて
言ってられませんでした。
自分がエネルギーを注ぎたいのは
家族なんだと決めたのも自分ですから。

これは、仕事、ビジネスでやっていると
うまくいけば
お金という目に見える価値にかわり
社会で評価されますよね。

でも、お母さんが本気でやって
家庭がうまくいっていても
抽象的で、お金にかわらないため
社会で評価されません。

私の場合、
包丁まで持ち出し、取っ組み合いの喧嘩をして
いつもイライラぶつかり合った家庭を
目の当たりにして
子どもを守りたい
自分から変えなきゃだめだと気付き
何度も何度も自分の癖と向き合いながら
夫とぶつかりながらやってきました。

自分が作らなかった隙間に
風が通るようになり、
勝ち負けはいらないと感じるようになってから
夫に自然に家庭でのポジションができました。
私が『やってよ!』と言って
しぶしぶやるのは〈やらされる〉
という義務でしかありませんでした。
それは闘いですので、
やらされたらやり返すの構図ができます。
夫が自分からとったポジションは、
彼の居場所があることへの
安心感、自己効力感につながりました。
たぶん、知らんけど。
人の役にたつ、という喜びです。
すると、子供たちも喜びます。
その姿を見て、私も喜びを感じます。
一人の心からの喜びは
周りに影響し循環します。

意図して始めた家庭再建は
とても上手くいっています。
上手くいっていると言うと、
だんなさんとラブラブになった、と
捉える方がいらっしゃるのですが、
そうではないです。

特に夫とラブラブしている
わけでないです(笑)
お互いにそんなに干渉もしないし
甘えたいときには甘えられるし
腹立つときには腹立つと言います。
それが自然なわたしたちの形だ
ということで府に落ちてます。

人によって良い夫婦像?みたいなのは
違いますし、わたしは
これが夫との今の関係性で
ベストであり、子供たちを含めて
上手くいっていると思っています。


仕事や社会だけではなく、家庭という
小さなコミュニティも、
目的、意図を持った
マネジメントをするかどうかなのです。


全体性の中で
自分を含めたメンバーの背景や意図を知り
その能力を観察し
やみくもではなく意図をもって実践しながら
ポジション、居場所をつくり
それぞれが心地よさを感じ
この家族で良かったーと思うなら
マネジメントが成功していると思います。


ここにはお金は発生しないし、
社会的評価もありません。
でも、ビジネスと一緒で
やるかどうかです。
やらなくてもいい。

今この時に自分は
ビジネスに力をいれたい、
家庭に力をいれたい、
バランスをとりたい、
一体どうしたいのか。
それをするためにはどうすればよいのか。

自分という人間の力量を考えて
周りに頼りながら
やっていければよいですよね。
これもマネジメントです。
私が抜け落ちがちなところですが、、

家庭の主婦や主夫が
家庭のマネージャーになれば
みんな幸せになると思います。


ビジネスだけでなく
家庭にも、パートナーシップにも
マネジメントの視点をとりいれてみるとよい
というお話でした。


TEOLつながり

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