前回記事はコチラ → 「命は救えたけど、肩は?」
医師が5人いるということ
ー 向原クリニックには、5人の医師がいらっしゃいますね。
小畠院長 そうなんです。「継続すること」に重きを置くと、一人で全てを担っていくには、とても脆弱に思います。そのために、複数医師体制が必要だと考えています。これは、前院長のときから考えは変わっていないですね。それに、この体制は他にもメリットがあります。物事を考える際に、理屈だけでも、感情だけでも駄目だと思っていて。
その両方がないと、正解のない在宅医療は成り立たない。そう考えると、うちの医師5名体制のチームは、多角的な視点で患者さんを捉えることができて、お互いを補い合えるのが強みだと思っています。
福田医師 医師同士も得意分野が違うので、補い合えていると本当に思います。特殊かもしれないですが、業務外でも付き合いがあるから、相談し合いやすいんですよね。精神科の薬のことだったら、藤田先生に相談しています。院長は、生活習慣病の細かい部分まで見る傾向があって、僕にはない、ある意味「こだわり」の部分だと思って見ています(笑)。
小畠院長 苦手な分野があれば「お願い」と言える関係性はありがたいです。患者さんにとっても、その方が最適解に辿りつきやすいと思っています。
ー 院長から見て、福田医師の強みはどんなところですか?
小畠院長 器用ですよね。心臓のエコーをしてくれたり、神経ブロック(痛みを和らげる注射)をしたり、手技に長けている。考え方についても「こういう症状が出るってことは、これが足りてないはずやから、この薬」というロジックがすごくクリアなんです。僕の場合は、ある程度の予測のもと「これやってみたらどうかな」と経過を見ながら探っていく感じがあります。その違いが面白いんですよね。
ー 先生方はみなさん30代と、在宅医療の先生方の中ではお若いのも特徴ですね。
小畠院長 90歳前後の患者さんだと、お孫さんがちょうど30代ぐらいなんですよね。だから、「孫が来たんかと思った」と話をしてくださったりします(笑)。病院とか、病気って、どうしても陰気なイメージがあるじゃないですか。そこに、若さも相まって陽の気が入るように、診察自体が気晴らしになってるんやったら、いいなと思っています。
ー クリニックには、医師の他に他の職種のスタッフもいらっしゃいますよね。
小畠院長 スタッフは、人柄が滲むような誠実な人が多いです。みんな根っこがいい人だから、それが滲み出ています。 それに、看護師も事務員も、在宅で培った経験が長いため、視点が深いです。見てきた患者さんの数でいうと、人によっては僕たち医者より多い場合もあります。「こういう病気の方は、こうなっていくことが多い」という流れを、経験値から僕らよりよく分かっていることが多い。医者の僕達が教わることも多いです。
「当たり前」に流されない
ー 最近は、在宅医療の需要が増えて、病院やクリニックが外来とは別に往診のスタイルをとられることも増えていますが、貴院の訪問診療専門のクリニックとの違いはどこにありますか?
小畠院長 そうですね。在宅医療を専門で見てきた「経験の厚み」でしょうか。在宅専門でやっているから、見ている件数自体が多いのが一番です。暮らしを見てきたからこそ、病状と生活の変化を多角的に予測してお話ししたり、治療においても、先を見越して先手を打つことができています。
もちろん「退院後も、病院に引き続いて診てほしい」という患者さんのお気持ちも分かります。どちらが良い悪いのではないと思っています。役割の違いなんです。外来と往診を並行していると、外来の時間中は動けないこともある。うちは、専門だから必要なときに動ける。役割の差別化だと思っています。
福田医師 病院で働いていたら、治療が優先なので「これが当たり前」となる側面があるんです。でも、在宅では、そういう治療優先の流れに乗るのではなくて、患者さんの「これはしたい」「これはしたくない」という個別のニーズを挟んで考えるようになります。治療を優先とした「当たり前」に流されず、個別のニーズを暮らしから考えます。
小畠院長 それは治療を妨げるからと禁止をする前に、ご本人の望みと病態から、現状を一緒に整理して話し合う。それが在宅医療の大切な視点です。僕もそうでしたし、みんなそうですけれど、在宅医療に来たての頃は、やっぱりちょっと病院寄りなんですよね。暮らしの幅がずっと広いから、かえって「これは、大丈夫か?」と心配になる。職業倫理に引っかかるような感覚ともいうのでしょうか。経験を重ねていくうちに「これぐらいは大丈夫」ということが分かってくるんです。
ー 印象に残っている患者さんはいらっしゃいますか?
小畠院長 まだお若い、がんの末期の患者さんがおられました。尿がうまく出なくなってきていて、病院からは、尿の管[カテーテル]を入れたほうがいいという話が出ていました。初診で、まずその話をしないといけなかった。「入れたほうがいいと思う」というお話はしたんです。でも、その患者さんは「入れたくない」とはっきりおっしゃった。
完全に詰まって出ないわけじゃなかったので「感染をしたら、その時に考えたらいい。絶対に入れないとだめなわけじゃないから、一回入れずに様子を見ましょう」とお話しました。結局、管は入れないまま、1か月ぐらいしてお亡くなりになりました。後に、奥さんがお手紙をくださって『入れたくないって言ったときに、入れたくないんやったら入れずにやってみましょうか、と言ってくれた。そのとき、この先生やって思った」』と書いてありました。
とても嬉しかったです。だから、記憶に残っていますね。
その線は、誠実に引いていきたい
ー これから、どんな在宅医療を届けていきたいですか?
小畠院長 在宅医療は "手段" です。人生で「こう生きたい」「こう最期を迎えたい」というのがあるとして、それをするには、病気のことであれ、環境のことであれ、いろんな障害があったりします。それを解決する手段の一つが在宅医療で、僕らができることはその部分なのだから、それを手伝う。 目的は、患者さんがやりたいことを実現することです。病気だけでなく、環境や制度の障害も越えていく。そのために僕達がいると思っています。
入院中はご飯が食べられなかった人が、お家でご飯を食べて「よかったね」と笑えるような、そんな当たり前の生活を続けていける手助けがしたいです。
向原前院長の名刺の裏には、"生き方(生活の生)"と"逝き方(最期の生)"という言葉が書いてあります。僕達は、その両方に向き合っていきます。こういう在宅医療、と形を決めるんじゃなくて、その人にどんな在宅医療が合うかを考える。患者さんに合う、在宅医療を "一緒につくること" を心がけて続けていこうと思っています。
福田医師 僕も、患者さんの「これはやりたい」「これはやりたくない」という声に、できるだけ応えるということをしていきます。断らない在宅医療を目指しながら、できないことは線を引く。でも、その線は誠実に引いていきたいです。
取材後記
「在宅医療は、患者さんのやりたいことを実現するための手段」という言葉が小畠院長と福田医師の語りの根底にあった。 向原クリニックでは、病気を治すことだけを最終目的とせず、患者一人ひとりの生活や希望をじっくり「きく」ことを基盤においた医療の提供を重ねておられるように感じた。人間一人でできることは限られている。一人が何とかすることを能力が高いとみられがちだが、筆者はそうは思わない。
本当に個を支えるには、個に絶え間なく続く暮らしがあることを忘れてはならない。ひとときの「良くなった」に収まらず、それがその人の暮らしで揺らいでいくのだという前提があること、全体で個を支えていくことで目的である「個の生活が続いていけること」が大切ではないだろうか。チームで、リスペクトし合いながら、各々の役割を果たすという姿勢が印象的だった。
在宅医療は、疾患だけでなく家族関係や生活環境など医療以外の要素にも大きく左右される。向原クリニックの医師たちはそれらを切り離さずに捉え、暮らし全体を支える視点で関わっている。夜間対応を含めた連携体制の工夫や、ケアマネジャーとの密な情報共有からも、地域の中で医療をどう機能させるかという課題に真正面から取り組む姿勢がうかがえた。
両医師の考え方は、人間としての尊厳を失うことなく生きるために、これからの地域医療に欠かせない視点だ。暮らしの中で医療はどう在るか。訪問診療に特化した専門クリニックの存在は、その問いへの一つの答えとなるだろう。
PROFILE
小畠 涼 Ryo Kobatake
向原クリニック 院長
平成28年 大阪大学医学部卒業
平成30年 西宮市立中央病院にて臨床研修修了
平成30年 大阪市内で在宅医療に従事
令和元年 医療法人社団 向原クリニック入職
標榜科 内科
福田 空 Sora Fukuda
向原クリニック 副院長
平成28年 滋賀医科大学卒業
平成30年 西宮市立中央病院にて臨床研修終了
平成30年 兵庫県立尼崎総合医療センターで麻酔科・集中治療科として勤務
令和4年 医療法人社団 向原クリニック入職
標榜科 内科・麻酔科
在宅療養支援診療所 向原クリニック
〒651-2112 兵庫県神戸市西区大津和1-7-8
TEL (078)975-8760(平日 8:30〜17:30)
FAX (078)975-8770
対応エリア:神戸市西区・垂水区・明石市 一部区域を除く
開院:2009年
▶︎ホームページ https://mukaihara-clinic.com/
▶︎Instagram @mukaihara_clinic
取材
はぎのあきこ Akiko Hagino
フリーインタビュアー・いのちに触れる化粧品KAGURAオーナー・ウェルビーイング思想家
誰もがそれぞれの "いのち”を生きている。その尊さに触れながら、他者とつながり合う営みを軸に、医療・教育・創作・ケアの四つの領域で活動しています。
◾️インタビュアー・WEB マガジンサイト運営
さまざまな人間の言葉にならない想いや、生きるという営みを読むインタビューサイト《memento mori》を運営。自らインタビュアーとして、いのちのことばに触れる対話をしている。
◾️看護分野講師・ファシリテーター(看護学修士)
・大学や看護専門学校で「人間関係論」の授業や臨床実習指導を担当。在宅医療専門クリニックでは、ファシリテーター・広報として、情報発信や院内研修、チームづくりに関わっている。
◾️ブランドオーナー/セラピスト
石見神楽の所作をなぞらえた化粧品ブランド『KAGURA』を創設。「いのちに触れる」をコンセプトに、日本の文化や精神性を大切にしたケアの普及活動を行っている。また「自分のいのちを生きる」をモットーに本来の自分を思い出すためのセッションやイベント企画を運営している。
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