楽しみと怖さが同時にある自分だからこその生活設計
ー先ほど「ただ触れて、そこで何が起こるかというのを観察する」とおっしゃっていました。今は、そんなふうに自分の意図がない状態で、自分を抑えられているという手応えはどのくらい持てていますか?
どうだろう。50%ぐらいの感じです。自分の気持ちよさだけでやっていたらだめだと思っていて、セッションは《楽しみと同時に、怖さでもある》んですね。この感覚は、これからもずっと消えないと思います。
やはり、あの時の女性が震えた時のことを覚えていますし、一方でずっと意図を持たないのでいいのだろうかという疑問もあって、この《中腰感》は続くんじゃないかなと思っています。でも、僕はすぐ調子に乗るから、これでいいんだろうなとも思うんです。
セッション前は怖さもあるんですが、自分では《これはいい傾向で、一生かけて長く続けられそうだ》と感じています。
ーあえて恐怖を避けたり、何とかしようとするのではなく、感じたものをそのまま受け取っているのですね。
はい、そうですね。セッションをする前には、「怖さ」はあるのですが、それも「程よい緊張感」くらいには収まっています。これが僕一人だったら、今のスタイルではロルフィングの仕事を長く続けられていないなと感じています。
安心してチャレンジしていけるのも、《奥さんや子どもがいてくれて、とてもいい環境があるからこそ続けられているのかもしれない》です。それこそ、この「家族のおかげ」という話は、今話していて気づきました。
「日々の生活が、穏やかで心地よく、滞りもなく順調に回っていること」がとても大切だと思っているので、住んでいる場所や空間、日々の関わる人、出張などもどれくらいのスケジュールでどういう場所でするのかという「細やかな選択」も、すごく大事なことのような気がします。
どうしたら、「ロルフィングを仕事として長く続けていくことができるのか」という視点で、自分の働き方や家族との暮らし方は意図的に設計しています。これも結局、自分を知らないとできないと思いますね。
ー「自分を知る」を積み重ねてこられたからこその選択ですね。
「何が本当に必要なのか」がわかってきたので、そこに集中できて、いいパフォーマンスが出せればいいなと思って生活をしています。以前は「不安、焦り」も出てきやすかったのだと思います。
それをかき消すために、「すべてに全力投球して、自分で自滅する」ような感じから、今は、「セッションをして、クライアントの方が喜んでくれればいい」というところにフォーカスがあります。
そしてそのためには、畑をしたり、子どもと自然の中で遊んだり、カフェでゆっくりとコーヒーを飲んだり、家族とおいしいごはんを食べたりすることが、「安定していいパフォーマンスをする」ことにつながっています。このような《自分のできることをするために、その準備を丁寧にする》という感覚に、少しずつ時間をかけて変容してこれたのかなと思います。
ー大事なことですよね。やっぱり感覚も必要。
「あなたには何が必要ですか?」というのは、人によって本当に様々だと思います。僕には先ほどお話したような、今の「バランス」がありますし、時間の経過で、それは多少変わっていくものもあるかと思います。その人それぞれのバランスがあって、それはすごく「感覚的」なものでもあります。
ー私は、これ!という直感ももちろんですが、違和感を見逃さないという感覚を大事にしています。
僕の講習会で伝えていることとまさに同じ内容のことを、はぎのさんがおっしゃっていて驚きました。僕がロルフィングをする際にとても大切にしているのが、《直感よりも違和感の方が精度が高い》ということなんです。直感は、どうしてもバイアスがかかってしまうので、「こうあってほしい」というのが混じってしまいますよね。
違和感は、その正体が何かはわからないんだけど、確実に《多分ここには、何かいびつなものがあるのだろうということはわかっている》というメッセージだったりします。
ーそう。ちょっとしたことだから、一回蓋をしそうになるんですよね。
はい。直感の場合は、「ここめっちゃ大事」と自分では思っているポイントでも、結局、「中身は空」ということもあり得るのですが、《違和感》に関しては、「何かが入っている精度」がとても高いと感じます。
ーそうそう。その時、人から何故そうしたのか?と理由を尋ねられても、言語にならないんです。
そうですね。多くの場合、《違和感は、自分では気づきにくい》というのも大切なポイントだと思います。だからこそ、他者が指摘してくれたり、先ほどの《動く》ことで場面が変わって気づいたり、人に《触れられる》ことで「あれ?」と認識する場合もあります。
《違和感に気づくには、他者の存在が必要》なんだとも言えますね。
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