TEOLつながり

フリー看護師&保健師として、教育方面で活動。同時に、自分を観ることを追求し、そのマニアックな話を好む人達と共有するセッションやワークショップを開催。暮らしに心地よさとやさしさを。いのちを表現して健康に生きることを共有できる場をつくっています。

問題解決型サイクルから「わたし」が望むパラレル創造へ

はじめに

わたしは、今まで無意識に目の前のことに反応しながら、それに対してどんなことをしたら良くなるか、それを繰り返してきました。
だから、問題解決ならお手のもの!かなりやり手だと思います。笑

マイナス(問題)→ゼロ→創造 です。
わたしの意識では、ゼロ→創造の感覚だったんですが。笑

でも、もうそれはやめなよ!と言わんばかりの現実がやってきてしまい、そこで、ようやく、「こんなことに力を注いでいたらわたしは保たない。周りも迷惑だわ。」と気づいたんですね。


問題解決型のサイクルの限界
先ほども言いましたが、わたしの中では、もうその問題解決型のサイクルは終わらせていたと思っていたので衝撃です。

でも、人間の思考癖って面白いものです。
過去の成功体験が、まるで悪魔のささやきのように、弱っているときに、「あれ、やったらいいよ!」と耳打ちしてるんじゃないかなと思います。

目の前の問題解決も、悪くはないんですよ。気づくだけ良いというか。何かに気づいて、それをチャンスに捉えて意識を変えていくことで、思いもよらない未来を掴み、全くちがう世界を観る自分を体験できます。

振り幅も大きく、現実は大きく変わります。
でも、その過程で刺激からのモチベーションで動くことしか知らないと、問題がないと動けないのです。どうやって、創造していけば良いのか分からないような感覚です。
だから、自分を動かすための大きな刺激=問題を無意識につくってしまうんです。

これは、本当にエネルギーの消耗をしてしまうため、やめた方がよいです。

ご想像の通り、下降してから上昇するのには、莫大なエネルギーが必要です。
それに、日頃からその問題にフォーカスしてエネルギーを注いでいる、いわゆる、エネルギー漏れの状態。だから、そんな疲弊した状態を元に戻すには、ある程度休息が必要で、すぐには動けません。

つまり、こんな状態。
マイナス→ゼロ→イチ→マイナス→ゼロ→...

いやいや、非効率〜。

もうやめた方がいいですよね。
というか、やめたい。
じゃあ、どうすれば良いのか。

まずは、そんな自分に気づかなければ何も始まらない。
愚痴を言ってる場合じゃないです。
気づけ!

そして、問題をおこして動くのをやめて、
先に
わたしが生きる未来を創造する。

わたしの場合ですが、これは、耳タコくらいたくさん聴いてきたことなんです。

でも、わたしの中でやっているようで、やっていなかった。中途半端だったんです。
わたしはわたしのことを中途半端にしか知らなかったとも言えます。

わたしを大事にするとは?

わたしは、わたしが何を望み
何を美しいと思い
何をダサいと思うのか
何に反応して素敵な人と感じ
何をもってマジで嫌だと感じるのか。

わたしは、わたしを知り、
人に伝えきれないんです。
そして、何よりも
未来を描こうとしていなかったんです。
自分はしているつもりでも、、、。

もちろん、自分なんて一番わかりたくて
分からない存在です。
自分のことを完全に理解してるよ
もう分かってるよ
なんて人は、わたしは信用できません。

ただ、分からない前提で、分かろうと自分に問いを繰り返し、他者に自分を表現してい
る人はとても素敵で魅かれますよね。

その人は、自分という人間を生きている実感があるんじゃないかなと思うのです。

わたしは、それこそが
「わたし」を尊重する
「わたし」を大切にして生きる こと
だと思っています。

言葉にすれば、そんなの当たり前で知ってるよ、分かってるよと言う人はたくさんいます。
でも、皆がそれを体現しているわけではないですよね。

そんな自分に対して、もっと!もっと!と要求している人こそ、自分にスパルタ教育で動かしてますので途中でバテます。

わたしは、かなり長い間、それで人生やってきましたので。
また、そう言うとスパルタ勢は、「ああ、だめなわたし」とまたスパルタしてしまいますよね。

そうではなく、
そんなわたしがいたから見ることができた景色がたくさんあるのだと、
そんな人たちの気持ちが痛いほど分かるわたしになれたのだと、素晴らしい経験をさせてくれた「わたし」にありがとうと伝えてあげてください。

あ、でもスパルタがお好きな方もいるので。それは止めませんよ。正しさなんてクソ食らえですので。
自覚的に追い込んでるのよ!と言う方は、もう存分に好きにされたら良いと思います。

ある方(→クリエイティブディレクターの遠藤エルさん)に、「自分の性癖のようなものも、自分で知っておくのは大事ですよね。」と言われて、妙に納得したことを覚えています。

ここで言っているのは、無意識に、したくないのにしちゃってる人ですね。


頑張らなくていいの落とし穴

スパルタしてきた人、わたしは好きです。そうやって頑張ってきた人たちですから。
頑張らなくていい、と単純に言っているわじゃないんですよ。

よくひと昔前のスピリチュアル発信で、
頑張らなくていいよ。
手放して、ありのままで生きよう。
と流行っていました。
わたしもそう言ってきましたが、今思えば未熟でした。そうなんですが、そうじゃないんです。

それは、何かと言うと、言葉の解釈が人によって違うのは当たり前なのですが、その前提なしに言葉だけが一般化してしまったところがあります。

頑張らなくていいのは、その人が本来使わなくてよい所にエネルギーを使いすぎているから、そこは要らないよということですよね。

ただ、これは大半が無意識ですから、そう言ったとて、受け手は「そうだよね。頑張らなくていいんだよね。」と、上手く自分都合に解釈してしまい、自分の見たくないものを避けていってしまう人がいることを目の当たりにしてきました。


新たなパラレルへの移行

でもね、そうやって避ければ、また同じような現実がやってきます。またそれを避けて、また同じことの繰り返しです。
だから、あれ?と思ったら、自分を遠くから観てみてほしいのです。

そうしたら、まずは、少し自分を労って、癒して、休ませてあげてください。

その後に、
「わたしは本当にそれを望んでいるの?」
「わたしは何を望んでいるの?」
「わたしには無いものばかりなの?」
と問いかけてあげてみてください。
もっと自分がエネルギーを注ぎたくなることが浮かんでくるはずです。

違うパラレルの世界に飛び込む準備完了です。
頑張るところは、ここからです。

その頑張りは、消耗する頑張りではなく、わたしが望んで生きる世界に、わたしを連れていくためのものですから、もっとエネルギーに満ちてワクワクドキドキしたものです。

それにね。
一人では難しいことがほとんどです。
だから、自力でやりすぎず、他力も使えばよいのです。

そこは、頑張ることを取り違えないようにすることがポイントです。

はじめは、慣れなくて、ゆらゆら
揺れて行ったり来たりするかもしれません。
でも、それでいいじゃないですか。
それも、生きる楽しみだと、わたしは思っています。

また、ぼちぼち書いていきます。

これから、わたしが考えていること、感じることを、よりオープンに発信していこうと思います。

よろしくお願いします。