teol つながり

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はじめまして

はじめまして。


Teol 代表の萩野です。


ご覧いただきありがとうございます。

私がこれまで歩んできた道のりをお話します。
皆さまが私のことを少しでも知っていただいた上で、お越しいただけたらという思いで綴っております。

もしよければご覧ください。


看護師としてはたらく

神戸市看護大学看護学部看護学科を卒業後、故郷の滋賀県の病院で外科病棟勤務。


多くの癌末期の患者さんと出会いました。

患者さんの痛みや人間の最期のときをどう迎え、過ごすかを深く考えた時間でした。

たくさんの壁にぶつかりながら、一生懸命走り抜けた時期でもあります。

今でも、担当した患者さんを思いだします。


その後、私立大学の教員(当時の助手)として基礎看護学・成人看護学講座に在籍。

演習や実習で多くの学生とかかわるのは、楽しかったです。

でも、目指すべきものを追いかけて、使命感と情熱で動いた時期でもありました。

体と心はいつも疲れていたと思います。



結婚。中国生活のはじまり。


結婚と同時に夫の転勤で中国蘇州、上海に駐在員家族として帯同しました。

異国の地で蘇州大学、東華大学に語学留学も経験し、強いカルチャーショックとともに中国語のおもしろさに魅かれ語学と異文化交流にのめりこみました。

ここで多くの価値観をもつ多国籍の友人と出会い交流をしてことで、自分の狭かった世界が広がりました。メディアの流す情報の偏りを嫌というほど感じ、人は自分の肌や感覚で交流するのが一番信頼できると思ったのが異国の生活で得たものです。

また、日本の文化についても改めて知り、感じることができました。


中国生活は想像を絶するハプニングの連続。

予期せぬことに対処したり、解決しようとする力は、この6年間で培われました。



出産、子育て。


中国生活を続ける中、2人のこどもを出産。

子育ては知らないことの連続。

異国でこどもを育てることの大変さを知りました。
忙しい夫からはサポートが得られず、ワンオペ育児。
それでも、周囲の友人の助けが私を支えてくれました。

そして、二人ともよく病気をしました。
子どもにとって、中国の食べ物は不安、空気も水も悪い、治療は怖い、
そんな不安と恐れがずっと根底にあったのでしょう。

病院通いは日常。しかも、上の子は寝ない子でした。
赤ちゃんは寝るもの、と思い込んでいた自分に
何がいけないのか、どうして?と問いかける日々。

自分に制限をかけていたしんどい時期です。
すべて今まで向き合ってこなかった自分の内側が表面化してきたのです。

私にとって子供たちが母を助けてくれたのだと振り返ると
生まれてきてくれたことへの感謝でいっぱいになります。



帰国。再び看護師に。


長い中国生活から離れ、日本に帰国後は、

再び看護の道へ。

学生の頃からやりたかった訪問看護を始め、
在宅専門クリニックでも非常勤でお仕事をさせていただくことになりました。


一方で、育児に関しては悩みが尽きず、不安が多かったように思います。

そんななか、娘が私に「このままではいけない」

とサインを出してくれたことをきっかけに、

こどもについて、育てることについて知りたい。学びたい。

と突き動かされるかのように、私の針は動き始めました。 



こどもの発達支援にかかわることに。


発達に関する学びを深めながら、子どもたちの発達にかかわる教室をひらきました。

随意運動を中心とした療育プログラムを軸に、日々子どもたちから教えてもらいました。

型にはまったものは何の役にも立たないこと。
社会でよいとされているものがすべてに良いわけでなく、それを無理やり個人に当てはめようとする環境が子どもたちを苦しめていること。
子どもたちは正直でまっすぐでそのままだということ。

自分の意識が変化することで、自分の子どもを含め、ご縁のある子どもたちへの見かたやかかわり方が変わりました。そして、「触れること」の大切さを痛感。


当初は目を合わせることも、触れることも、止まることもなかった子供たちが
目を合わせ笑いあい、手を取り、抱きつき、顔や頭、足の裏まで触れることをゆるしてくれたり、
学校で苦手な楽器を自分のできる範囲でうまくしていたり、
予定が分からなければ暴れていた子が外出して突然の出来事にも穏やかでいられるようになったり、病院の診察室に一人で入れるようになったり、、

友達に関心がなくずっと一人だった子が友達と毎日遊ぶようになったり、
電車に乗って友達と映画に行ったり、、、、、

私は親子の力を見せていただき
子どもたちの可能性を教えてもらいました。

いつからでも人は可能性を拓ける。



タッチケアを学ぶ


ハートノート 宮井文美先生のもとに通い、タッチケアの手技や信念、子どもの発達についての多くの知識を月日をかけて学びました。


講座では解剖学から子どもの発達、最新のタッチケアに関する研究まで内容の濃い、タッチケアに対する宮井先生の愛が溢れる講座でした。

実技もしっかり学ばせていただきました。

     この頃はまだくまの人形で。



タッチケアを通してより年齢の小さい、乳幼児期から、こどもたちとお母さんのふれあい、コミュニケーションを促していくことが

個のもつ個性を伸ばしながら子どもが幸せに豊かに育っていくための最初の土台作りになるのだと改めて感じたのでした。


子どもの頃にたくさんのタッチを受けることで、その後の成長過程で心のバランスを保ち、丈夫な体をつくり、健やかな人生を送れるかどうかに影響すると言われています。


ソライロノタネ教室を開校


赤ちゃん調整ケアを学ぶ。

わが子とのかかわりがtouchを通してより変化をしてきたことを感じました。

そして、さらに触れることを深めるために助産師である古賀ひとみ先生の赤ちゃん講座の発達の基礎~オイルトリートメント、ベビーマッサージの実践を受講。


治療的アプローチとして、身体をより深く理解し感じられるもので、大きな改善があります。

大きく世界が変わりました。

わが子たちが体験。こんなに楽になるんだ!と。
本当に嬉しそうに話してくれました。

その後、タッチ調整ケアでたくさんの赤ちゃんとお母さんたちと出会い、一番大事な時期にふれることの大切さ、心地よさを感じていただけるようになりました。


行政の委託保健師に転向

もっと早い時期から赤ちゃんに関わりたい、という思いから保健師の道へすすむことにしました。新生児訪問をはじめ、乳児検診のお仕事もしました。
行政の方針がありながら、いかに自分の信念をもってかかわれるかを考えながら良い経験になりました。
赤ちゃんやお母さんとの出会いを楽しみながらかかわらせていただきました。

株式会社innochi 目育士になる


娘が突然、光刺激に対して過敏な娘はよく頭痛を起こすようになりました。
もともと、目は疲れやすく注意はしていましたが、ストレスが影響したのかそれは急でした。

車のバックライトが眩しすぎて、目を開けていられない。疲れやすい目。
本やテレビを見るときに凝視するように使う目。
健診や学校の視力検査ではひっかからず、むしろ視力は良かったのです。(後でこれは遠方視力のみの検査だと知る。)
でも、違和感を感じていました。

灰谷孝さんを知る前、視機能に力を入れている眼鏡屋さんで9歳にして初めて娘の遠視を見つけていただき、相談しゴールド系のレンズを入れてもらったのでカラーで目が楽になることを知っていました。
眼鏡屋さんのおかげでかなり頭痛は軽減したましたが、まだしばしば起こる状態でした。
そんな時に古賀ひとみさんから教えていただいた、発達する眼鏡。
さらなる可能性を信じて灰谷さんの開発したカラーレンズをためしてみたいと思い、ご縁をつないでいただき会いに行きました。

灰谷さんの元にはじめて娘と訪れた日。左右の目に違うカラーレンズをつけた娘が嬉しそうに笑う姿を今でも忘れません。
それもブルーとレッドという全く違う色。まるで3Dメガネ!
娘は即答でこれにする、と言いました。あまり表現が大きい方ではないが、嫌なものは嫌という子です。
そんな眼鏡をかける娘に、灰谷さんは『バランスが良い目だね。羨ましいわ。』と言いました。『はいちゃん』に娘が心を許したのも分かりました。

レンズの色は濃くはないとはいえ、3Dメガネのようなカラーで目立つし、学校では大丈夫?と聞いてみました。
『最初はいろいろ言われるけど、時間たったらみんな慣れるで。言いたいひとには言わせておけばいい。私はこのメガネをかけたい。』そう言った娘。
芯をしっかりもつ娘を誇らしく、嬉しく思いました。
何よりも感覚が繊細な子が良いと言う、しかも学校でも早くかけたいと言う。
それが全てでした。

私はというと、へんな頑張りを続けて我慢を重ね、不満を抱きやすく、ストレスをためやすい状態でした。
目の使い方を含め、すぐ疲れてしまうそんな自分を変えたい!と思い行動していた、その時期に灰谷さんと出会ったのは意味がありました。
イエローとゴールド、というカラーレンズ。
そして今の自分から目を背けていた目を少しだけ自分に向けることをサポートしてくれる、プリズムレンズを入れてくれました。
発達する眼鏡をかけた世界。
木々は彩り鮮やかに深みを増し、今まで見たことのない深みを感じました。
あまり感じることのなかった、しっかり地に足をつけた感覚を覚えました。
同時に体に深い呼吸がはいり(※感覚には個人差があります)
すごい眼鏡だ。
そんな感動でいっぱいの時に灰谷さんから、目育士になりませんかとお話を受けました。

光栄で嬉しかったです。
発達の勉強をしながら、子どもたちとかかわっていたので、可能性が広がる、眼鏡をかけて楽になるならたくさん楽になる子がいる!
子どもだけでない、大人こそ必要だ。
そう思い、自分の人生に眼鏡屋さんになることは想定外すぎて驚いたけど、まあ良いか、それも面白いなと足を踏み入れました。

そして目育士になりました。

そこから親子で、家族で何本か眼鏡をつくり
娘は、視力も良くなっているが、眼球を動かす筋肉を司る神経のバランスが良くなっているように思います。
頭痛もほぼ起こらなくなりました。


身体と対話して眼鏡をつくる方法・あり方を学ぶ

目育士になり、活動も安定してきた頃、
灰谷さんが独自で開発した眼鏡づくりをしてみないかとまた機会をいただきました。
『やる』と決めて、見て聞いて、実践して学ぶ。
教えはいつだって体験型だった。ものすごく投げ出したくなった時もあったけれど、知識を身につけ鎧をかためるのではなく、体感を通して自分で感じ考えていくことを教えてもらいました。

眼鏡づくりはカウンセリング。カウンセリングは、その人の大切な場所にふれること。
その人がどうなりたいと望んでいるのか。まだ変わりたくないと叫んでいるのか。
なぜ眼鏡をつくりたいのか。
それらは、その人の未来につながる。可能性につながる。生き方につながります。

「答えはその人の中にある」
私たちが決めるのではなくお客様が選ぶこと。
お客様に丁寧に向き合うということは、自分と丁寧に向き合うということ。

自分の在り方が問われる仕事であり、自分自身の内面に何度も何度も問いながら人とかかわることで少しずつ自分を知るきっかけをいただいてきました。

泣いて笑って、悲しみ怒って、喜び楽しんで
私の生き方はずいぶん変わりました。別人のようです。

今まで経験してきたことに意味があったのだと自分への信頼と
かかわる人への感謝を感じています。


そして、また新たな道を。teolつながり として活動開始。


自分の在り方が大きく変わったことで、周囲が変わることを体験しました。

その体験から、自己基盤を築き、他者とのつながりの中で自分で創造し生きることの大切さを実感し、
自分の本質を知ることが生き方に大きな影響を与えるとわかりました。

潜在意識の学びを深めながら、古代から伝わる叡智のつまった占星術や生命の樹を学んでいます。

また、自分の奥底に潜む意識を顕在化させていくことを助けるツールとして、心理学・脳科学・量子論などの科学的根拠もふまえ、色や香り、タッチ、そして言葉(音)などの波動共鳴の重要性を改めて認識しました。

イノチグラスやフラワーエッセンス、エジプシャンオイル、天然石、タッチの持つ波動を存分に活かし、

体験から培ってきた人とのコミュニケーション、対話を私の持ち味としてお話しています。

生きづらさを持つ方や自分らしい生き方をしたいという方々に一人でも多くお届けできるよう活動中です。