心と体を調え発達するケアサロン ソライロノタネ

ソライロノタネでは、心と体、魂をひとつの生命体としてとらえたケアをご提案します。発達するメガネ~イノチグラスの活動を軸に、来ていただいた方の求める自分らしさ、なりたい自分に近づけるよう可能性を拓くためのお手伝いをしています。

はじめまして

はじめまして。

ソライロノタネ代表の萩野です。


ソライロノタネの現在までの道のりと思いをお話します。


🍀看護師としてはたらく

神戸市看護大学看護学部看護学科を卒業後、故郷の滋賀県の病院で外科病棟勤務。


多くの癌末期の患者さんと出会いました。

患者さんの痛みや人間の最期のときをどう迎え、過ごすかを深く考えた時間でした。

たくさんの壁にぶつかりながら、一生懸命走り抜けた時期でもあります。

今でも、担当した患者さんを思いだします。


その後、私立大学の教員(当時の助手)として基礎看護学・成人看護学講座に在籍。

演習や実習で多くの学生とかかわるのは、楽しかったです。

でも、頭で動いた時期でもありました。

体はいつも疲れていたと思います。



🍀結婚。中国生活のはじまり。


結婚と同時に中国蘇州、上海に夫の転勤で在住。

異国の地で蘇州大学、東華大学に語学留学も経験し、中国語のおもしろさに魅かれていきました。

ここで多くの価値観をもつ多国籍の友人と出会い交流をしてことで、自分の狭かった世界が広がっていくのを感じました。

また、日本の文化についても改めて知り、感じることができました。



中国生活は想像を絶するハプニングの連続。

予期せぬことに対処したり、解決しようとする力は、この6年間で培われました。



🍀出産、子育て。


中国生活を続ける中、2人のこどもを出産。

子育ては知らないことの連続。

異国でこどもを育てることの大変さを知りました。忙しい夫からはサポートが得られず、ワンオペ育児。それでも、周囲の友人の助けが私を支えてくれました。


二人ともよく病気をしました。

病院通いは日常。しかも、上の子は寝れない子でした。ずっと抱っこをしている自分に、何がいけないのか、どうして?と問いかける日々。

しんどい時期がありました。

それでも、こどもが母を助けてくれながらすくすく育ってくれました。


🍀帰国。再び看護師に。


長い中国生活から離れ、日本に帰国後は、

再び看護の道へ。

学生の頃からやりたかった訪問看護を始め、在宅専門クリニックでも非常勤でお仕事をさせていただくことになりました。


一方で、育児に関しては悩みが尽きず、不安が多かったように思います。


そんななか、娘が私に「困っているよ。このままではいけないよ。」

とサインを出してくれたことをきっかけに、

こどもについて、育てることについて

知りたい。

学びたい。

と突き動かされるかのように、私の針は動き始めました。 


🍀こどもの発達支援にかかわることに。


発達に関する学びを深めながら、子どもたちの発達にかかわる教室をひらきました。

随意運動を中心とした療育プログラムを軸に、子どもたちの可能性の大きさを実感し、日々子どもたちから教えてもらい続けています。



赤ちゃん時代からのかかわりの大切さを痛感。


子どもたちの発達の土台をつくるうえで赤ちゃん時期へのかかわりの重要性を痛感。

触れることの大切さ。


触れられるようになると子供が発達していくことお母さんと一緒に実感していました。


もっと人間の産まれる瞬間、それよりも前のお腹の中にいるなときからのことについてもっと深く学びたい。


そして、できるだけ早い時期にアプローチができるようになりたいという思いがわいてきました。


🍀タッチケアを学ぶ

ハートノート 宮井文美先生のもとに通い、タッチケアの手技や信念、子どもの発達についての多くの知識を月日をかけて学びました。


支援者のためのタッチケア講座修了。


講座では解剖学から子どもの発達、最新のタッチケアに関する研究まで内容の濃い、タッチケアに対する宮井先生の愛が溢れる講座でした。


実技もしっかり学ばせていただきました。


実際に宮井先生の講座に研修で入らせていただき、お母さんと赤ちゃんにも関わらせていただきました。

     この頃はまだくまの人形で。



タッチケアを通してより年齢の小さい、乳幼児期から、こどもたちとお母さんのふれあい、コミュニケーションを促していくことが

個のもつ個性を伸ばしながら子どもが幸せに豊かに育っていくための最初の土台作りになるのだと改めて感じたのでした。


子どもの頃にたくさんのタッチを受けることで、その後の成長過程で心のバランスを保ち、丈夫な体をつくり、健やかな人生を送れるかどうかに影響すると言われています。


🍀ソライロノタネ教室を開校


🍀赤ちゃん調整ケアを学ぶ。


タッチケアを用いながら、赤ちゃんからお母さんまで、子育てにかかわるすべての方の身体の調整をして生きづらさを緩和していきたいと考え、母と子のサロンLactea の代表であり、助産師である古賀ひとみ先生の赤ちゃん講座の発達の基礎~オイルトリートメント、ベビーマッサージの実践を受講。


治療的アプローチとして、身体をより深く理解し感じられるもので、大きな改善があります。


大きく世界が変わりました。


赤ちゃん時代の小さなズレや歪みが、やがて大きな生きづらさとなること。

小さなうちからそのズレを戻すことの大きな意味。


我が子も赤ちゃん調整を受けました。

赤ちゃんの頃からあった向きぐせが、身体の各部位に代償を重ねて、身体のズレが小さな身体に何重にも重なっていました。
きゅっとかたまった身体でした。
それが、調整後は体つきが男の子になり、しっかり胸を張れるたくましい体つきになりました。
埋もれて見えなかった肩甲骨も見え、使える身体になりました。
なんだか、急に大きくなったような感じです。


娘はお腹をぽってりと出して、背中を丸めた立ち姿でした。左肩が縮こまり、突っ張り上がっていました。
それが御腹を引っ込めなくても、自然に真っ直ぐ立つようになり、肩がさがり胸が広げられるように。

足の裏の感覚も感じにくかったのが、感じられるようになりました。
苦手だったつま先立ちも体幹でしっかり立てます。


子供たちが一番実感。
こんなに楽になるんだ!と。
本当に嬉しそうに話してくれます。


こんな素晴らしい技術を、広めていきたい。
みんなにこの大切さを知っていただきたい。

赤ちゃんから、子育てに悩みながらも日々頑張っておられるお母さんたちにも。


その後、タッチ調整ケアでたくさんの赤ちゃんとお母さんたちと出会い、一番大事な時期にふれることの大切さ、心地よさを感じていただけるようになりました。


🍀行政の委託保健師に転向

もっと早い時期から赤ちゃんに関わりたい、という思いから保健師の道へすすむことにしました。
新生児訪問をはじめ、乳児検診のお仕事もしています。
行政の方針はありますが、自分の新年や軸をもちながら、赤ちゃんやお母さんとの出会いを楽しみながらかかわらせていただいています。


🍀株式会社innochi 目育士になる


発達するメガネというもの。
娘が私に出会わせてくれたもの。
※FB記事を引用
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光刺激に対して過敏な娘はよく頭痛を起こしていた。

車のバックライトが眩しすぎて、目を開けていられない。
疲れやすい目。
本やテレビを見るときに凝視するように使う目。

健診や学校の視力検査ではひっかからなかった。
むしろ視力は良かった。(後でこれは遠方視力のみの検査だと知る。)
でも、違和感を感じていた。

灰谷孝さんを知る前。
視機能に力を入れている眼鏡屋さんで9歳にして初めて娘の遠視を見つけていただき、ゴールド系のレンズを入れてもらったのでカラーで目が楽になることを知っていた。

眼鏡屋さんのおかげでかなり頭痛は軽減した。
でも、まだしばしば起こる。

だから、さらなる可能性を信じて灰谷さんの開発したカラーレンズをためしてみたいと思い、ご縁を通じて会いに行った。

灰谷さんの元にはじめて娘と訪れた日。

左右の目に違うカラーレンズをつけた娘が嬉しそうに笑う姿を今でも忘れない。

それもブルーとレッドという全く違う色。
まるで3Dメガネ!

娘は即答でこれにする、と言った。

あまり表現が大きい方ではないが、嫌なものは嫌という子。
そんな眼鏡をかける娘に、灰谷さんは『バランスが良い目だね。羨ましいわ。』と言った。

『はいちゃん』に娘が心を許したのも分かった。

レンズの色は濃くはない。

とはいえ、3Dメガネのようなカラーで目立つし、学校では大丈夫?と聞いてみた。

『最初はいろいろ言われるけど、時間たったらみんな慣れるで。言いたいひとには言わせておけばいい。私はこのメガネをかけたい。』
そう言い放った。

芯をしっかりもつ娘を誇らしく、嬉しく思った。

何よりも感覚が繊細な子が良いと言う、しかも学校でも早くかけたいと言う。

それが全て。

私はというと、へんな頑張りを続けて我慢を重ね、不満を抱きやすく、ストレスをためやすかった。(今は前より随分ましになってきた)

目の使い方を含め、すぐ疲れてしまうそんな自分を変えたい!と思い行動していた、その時期に灰谷さんと出会ったのは意味があった。

イエローとゴールド、というカラーレンズ。

そして今の自分から目を背けていた目を少しだけ自分に向けることをサポートしてくれる、プリズムレンズを入れてくれた。

発達する眼鏡をかけた世界。

木々は彩り鮮やかに深みを増した。
今まで見たことのない深みを感じた。
あまり感じることのなかった、しっかり地に足をつけた感覚を覚えた。
同時に体に深い呼吸がはいってきた。
(※感覚には個人差があります)

すごい眼鏡だ。

そんな感動でいっぱいの時に灰谷さんから、目育士になりませんかとお話を受けた。

嬉しかった。
発達の勉強をしながら、子どもたちとかかわっていたので、可能性が広がる、眼鏡をかけて楽になるならたくさん楽になる子がいる!

子どもだけでない、大人こそ必要だ。

そう思い、自分の人生に眼鏡屋さんになることは想定外すぎて驚いたけど、まあ良いか、それも面白いなと足を踏み入れた。

そこから、灰谷さんをはいちゃんと呼ぶようになり、目育士になった。

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それから、娘も私も発達する眼鏡は4本目になる。

娘の眼鏡は、当初両目ともに軽度の遠視用の凸レンズを入れていたが、今は遠く用は度が入らないカラー眼鏡、近く用だけ軽い遠視の凸レンズを入れている。

視力も良くなっているが、眼球を動かす筋肉を司る神経のバランスが良くなっているように思う。

目が発達し、頭痛もほぼ起こらなくなった。
私も当初、外に向く目を内に寄せるのを助けてくれるプリズムレンズを両目で1、とうすいものしかつけられなかったけれど、今は 4.5 をかけられるようになった。

目を背けていた自分を、今は見つめようとしている、、のだと思う。

運転や人混みが楽になった。
そして、思考が変わり環境が変わった。
自分の本当に好きなものを感じれるようになった。

目は心理とつながり、脳とつながる。

私も発達している。

変化していく目に合わない眼鏡をかけていると、目は、脳は必死で信号をだす。
それを無視し続けると、感覚を鈍らせあきらめてしまう。
すると、身体を歪ませてバランスをとろうとする。

感じられない人は、どこかで身体をかためまくってがんばりすぎているんだ。

それをみんなに知ってほしい。

こんな眼鏡があることを知ってもらい、みんなが発達するといいなと思う。
感覚を大切に。

🍀灰谷孝氏に弟子入り 身体検眼を学ぶ

目育士になり、活動も安定してきた頃、また灰谷さんからチャンスをいただいた。

灰谷さんが独自で開発した検眼方法を教えてくれるというのだ。

『やる』と決めて、灰谷さんの検眼を見て聞いて、実践して学ぶ。
灰谷式の教えはいつだって体験型だ。
それは、自分自身の発達にもつながる。
知識を身につけ鎧をかためるのではなく、体感を通して自分で感じ考えていく。

検眼はカウンセリング。
カウンセリングは、その人の大切な場所にふれること。
もしかしたら、触れられたら嫌な場所かもしれない。

その人がどうなりたいと望んでいるのか。
まだ変わりたくないと叫んでいるのか。
なぜ眼鏡をつくりたいのか。

それらは、その人の未来につながる。
可能性につながる。
生き方につながる。

お客様が選ぶ。

お客様一人ひとりを大切に。
目の前にあることを大切に。

身体検眼を実践している。